何も予定のない休日。相手は「どこか行こう」と言い、自分はひとりで本を読みたいと思っている。「今日は別々に過ごしたい」と言うだけなのに、少しためらう。寂しい思いをさせるだろうか。冷たい人だと思われるだろうか。

夫婦なのだから一緒にいたいはず。そう考えると、ひとりになりたい気持ちは、説明の必要な例外になってしまう。でも、結婚したあとも、読書に集中したい時間や、誰にも話しかけられずにぼんやりしたい時間はあっていいのではないだろうか。

その時間に何か立派な目的をつけなくてもいい。勉強になるから、仕事に役立つからと、必要性を証明し続けるのは窮屈だ。ただ好きなことをする、何もしない。そういう過ごし方も、自分の一日の一部にあってほしい。

一方で、相手が一緒に過ごしたいと思っていたなら、その気持ちも存在する。「自由にさせて」で話を閉じる前に、何を楽しみにしていたのかを聞けるだろうか。自分も、「あなたといたくない」ではなく、「今日は静かに本を読みたい」と、その日の希望を具体的に伝えられるだろうか。

たとえば、昼間は別々に過ごして、夕食は一緒にする。今週は予定を入れず、来週の散歩を相談する。必ず埋め合わせをする必要はないけれど、互いの希望を知れば、選べる過ごし方は増えるかもしれない。

ただ、ひとりの時間を確保することで、家事や育児、介護などの負担が相手に偏るなら、その分担も一緒に考えたい。片方の自由が、もう片方の休めない時間の上に成り立っていないか。時間の長さだけでは見えないこともある。

一緒にいる時間と、ひとりでいる時間。その割合に、夫婦共通の正解を置かなくてもいい。今の自分に必要な過ごし方を言葉にし、相手の希望も聞いてみる。ふたりの距離は、その都度、相談して決められるものであってほしい。